幸せの見つけ方

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号泣する妻に起こされた私は、新年早々、今年一番の楽しみを失いました

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どうも、ぷらてんです。

 

なかなか思うように記事を書く手が動かないのですが、先日、お腹のなかの子どもが亡くなりました。

妊娠24週で、本来なら4月に生まれる予定でした。

 

私のブログをご覧のひとは知っていると思いますが、これで2年続けての死産です。

 

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あまりにつらく、悲しい出来事ですが、少しでもだれかに気持ちを聞いてもらいたい一心で、頑張って記事にすることにしました。

 

楽しい内容ではないですが、お付き合いいただけると幸いです。

 

 

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夜中、号泣する妻に起こされる

1月6日深夜。

身体をゆすられた感覚があり起きてみると、そこには号泣している妻の姿が。

 

私はおどろき「どうしたの?」と声をかけると

 

「赤ちゃんが動かないの!」と、妻。

 

たしかに、日中も胎動を感じないという話は聞いていました。

 

しかし、子どもとお菓子づくりをしてずっと動き回っていたので、気づかなかっただけだろうと、たがいに深く考えなかったのです。

 

 

胎児水腫で亡くなった子どものこともあり、特に今回の妊娠では神経質になっていました。

 

娘の時は「赤ちゃんの発育が楽しみ」という明るい気持ちでむかえていた妊婦検診も、今回は「何か問題がみつかったらどうしよう?」と、ドキドキの連続でした。

 

そのため、安定期をむかえたときは「ようやくここまで来た!」「もう大丈夫だろう!」と、長い緊張から開放され大いによろこんだものです。

 

 

だから、今回は妻のかんちがいだと思いました。

だって安定期なんだし。

 

深夜に号泣した状態で起こされても、そう思っていました。

 

いや、そう思いたかったのです。

 

つきつけられる現実

とは言え、このまま不安な妻を放っておくことはできません。

すぐに夜間の救急に電話をし、寝ている娘をおばあさんに預けて2人で病院へ急行。

 

その道中は、妻を元気づけるため、なるべく明るくふるまいました。

 

「今胎動感じたらどうする?引きかえす?笑」

なんて話をしたのをおぼえています。

 

 

病院に着くとすぐに妻は検査室へ。

 

待合室で待つこと数分、私も部屋へ案内されました。

 

 

中には診察台に寝ている妻と看護師さんの2人だけ。

(これから先生が来て検診かな?)と思ったのですが、目を真っ赤にした妻が私の手をにぎり一言。

 

 

 

 

「赤ちゃんの心拍が確認できないんだって…」

 

 

 

 

「…えっ!?」

 

と言葉がつまり、ドクンドクンと脈打つ心臓。

 

もう、頭の中が真っ白です。

 

(冗談でしょ?)

(何を言っているのかわからない?) 

(そんなことってあるの?)

 

と、ほとんど言葉がでず、色んなクエスチョンが頭の中をよぎります。

 

(でも、早期発見ならまだなんとかなるんじゃないか?)

(このくらいの週数で産んで元気に育っている子もいるし…) 

 

その時点ではまだ看護師さんの判断でしたが、すぐに先生が来るとエコーを見ながら落ち着いた口調で説明してくれました。

 

「ざんねんながら、赤ちゃんはお腹の中で亡くなってしまったようです」

 

「エコーを見ると異常は見当たらず、逆子も戻っています。ただし、血液が心臓まで通っていないみたいです」

 

「原因は産んで赤ちゃんを見ないことにはわかりません」

 

 

そこまで話を聞いても、私たちはまだあきらめられません。

 

(心肺が停止しているのはわかったよ。で、助かるの?助からないの?)

 

たえきれず、妻がふるえる声で質問しました。

 

「赤ちゃんは、もう助からないんですか?」

 

 

すると、先生はより一層ていねいな口調で

 

「この週数でお腹の中で亡くなっている赤ちゃんは、生きられません

 

「万が一、手術で蘇生できたとしても、障害が残る可能性もあるし、長くは生きられないでしょう」

 

「お母さんに気づかれないようにしずかに亡くなったのは、お子さんがお母さんに大変な思いをさせたくないと思ったからだと思いますよ」

 

「むしろよく気づきましたね?本当にえらいです」

 

 

その話を聞いて、2人ともボロボロと涙があふれました。

 

(またしても、赤ちゃんを元気に産んであげることができなかった…)

(こんなに頑張ったのになぜ?)

(なんでこんなにつらい思いを二度もしなければならないの?)

 

 

去年、子どもを胎児水腫で亡くしたショックは本当に大きく、今回の妊娠では絶対に元気な赤ちゃんを産まなければと、慎重に慎重を重ねてきたつもりです。

 

妻のつわりはとても重く、今回の妊娠では体重が7kgも落ちました。

その間、私は1ヶ月以上も子どもをひとりで育て、妻をささえ続けたのです。

 

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その頃に書いた記事がこちらです。 

 

元気な赤ちゃんに会うためならば、つらいこととは思いませんでした。

 

1人目が切迫早産で産まれたため、妻の検診は一般的な妊婦よりも多い2週間に1回ペースだったのも、安心材料だったはずなのです。

 

(それなのに、なぜ?)

(昨日まで元気に妻のお腹をけっていたはずなのに!)

(どうしてまた、今回も赤ちゃんは元気に産まれてくれないの?)

 

「日が明けたらにもう一度いつもの先生に診てもらいましょう」と言われ、妻はそのまま入院することに。

おばあさんに連絡し、私もよりそって病室に泊まりました。 

 

 

娘の反応【告白】 

日が明けた同日。

再診の結果も、ざんねんながら変わりませんでした。

 

私は妻の入院セットをとりに一旦家へ帰り、その後、おばあさんが娘を連れて病院に来ました。

 

娘は私たちに会うなり、

 

「もー、どうしていなくなっちゃたの?さみしかった!」

と怒っている様子。 

 

そりゃ、朝起きてパパもママもいなくなっていたらおどろきますよね。

 

その後、病院に興味津々な娘は病室からとびだし、散策へと出発。 

それをおいかけてゲストルームで2人きりになったところで、娘に今回のことを正直に告白することにしました。

 

 

「これからは真面目な話をするから聞いてちょうだい」

「うん」

「実はね、赤ちゃんがママのお腹の中で死んじゃったの」 

「えー、楽しみだったのに」

「だからね、ママはこれから赤ちゃんを産まなければならないから、しばらく会えなくなるの」

「えー、さみしい」

「ママも一生懸命がんばるから、一緒にがんばれる?」

「…」

 

結局、さいごの問にはうなずきませんでしたが、赤ちゃんと遊べなくなることをすぐに認識したことには、おどろきました。

 

不安定な妻と娘

この日、先生と面談し分娩までのスケジュールが決まりました。

 

1月6日 診察、今後の説明
1月7日 ラミナリア(子宮口をひらくための器具)
1月8日 陣痛促進剤&分娩

 

幸いにして私は今月からフリーランスなので、ずっと妻によりそってあげることができます。

 

しかし、娘の幼稚園が冬休み中なので、だれかがめんどうを見なければなりません。

 

2人目のときの経験上、8日に分娩したら9日に診察して、10日には退院できます。

 

そこで、6、7日は妻の実家で、8、9日は私の実家で、それぞれおばあさんが娘の相手ができるということだったのでお願いし、10日は自宅に戻り妻の退院を待つことに決定。

 

幼稚園にお願いすることもできたのですが、これまで長時間あずけたことがなかったので、娘の負担をかんがえてやめました。

 

 

私がやるべきことは、とにかく妻と娘の心のケアです。

 

そのため、娘を寝かしつけたら妻の病室に行き一緒に寝て、朝はやく起きてはまた娘のもとにもどる、ということを繰り返していました。

 

 

私がそばにいない間は、妻は考え込んでしまってずっと泣いていたそうです。

 

そばにいるときでさえ「出産をがんばれない」と弱音をはいていました。

「みんなは元気な赤ちゃんに会えるから、つらい痛みにもたえられるんだよ!」と。

 

それに対し、私から「がんばって」とは、とても言えませんでした。

 

 

日中元気な娘も、夜になるとさみしくなるみたいで、

「ママに会いたい。おうちにかえりたい」

と、布団の中ですすり泣く夜もありました。

 

 

つらい、つらい毎日でした。

 

「おめでとう空ちゃん」

1月8日。

分娩予定日です。

 

この日も、2人目の子ども「青ちゃん」が産まれた日と同様、すみわたる青空にめぐまれました。

 

それは、まるで青ちゃんが迎えに来てくれたかのように。

 

そこで、私たちは産まれてくる子どもの名前を「空ちゃん」と名づけることにしました。

これなら、男の子でも女の子でも変じゃないですしね。

 

 

青ちゃんのときは、朝一に促進剤を投与して昼に産まれたので、今回も同じくらいだろうと予想。

 

案の定、12時半ころには陣痛が強くなり、13時09分破水、13時15分に無事出産しました。

 

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測定の結果、産まれてきたのは590gのかわいい女の子。

手足の指もちゃんとあり、産毛も生えていて、青ちゃんにくらべて10倍以上も大きいので、よりしっかりとした形を形成しています。

 

私は女の子がほしかったので、とてもうれしかったです。

 

 

3度目のことながら、妻は毎回安産で安心させられます。

つわりが人一倍ひどいので、分娩のときだけでもスムーズで本当によかった。

 

でも今回の出産で前回とちがったのは、助産師さんも看護師さんも、みんな空ちゃんが産まれた瞬間「おめでとう」と声をかけてくれたことでした。

 

実はこれ、妻が事前にお願いしていたことだったのです。

 

死産の場合、おそらくはどの病院でも赤ちゃんが産まれた瞬間「おめでとう」とは言われないでしょう。

それは、妊婦がどういう気持で出産にのぞんでいるのかが、はかりかねるからだと思います。

 

しかし妻は青ちゃんを産んだとき、だれからも「おめでとう」と言われなかったことがとてもかなしかったと言っていました。

 

たしかに、元気な姿で産まれてくる赤ちゃんにくらべると、手ばなしに祝福できないことはわかります。

でも、この世に誕生して第一声目に祝福の言葉を言ってもらえないなんて、あまりにもかわいそうだと。

 

そこで分娩前夜、看護師さんに「何か言っておきたいことはある?」と聞かれたときに、

 

「赤ちゃんが産まれたら、おめでとうと言ってもらいたいです」

と、お願いしていたそうなのです。

 

その話を聞いたとき、本当に心やさしいひとだなと、あらためて思いました。

私は妻のそういうところが、大好きです。

 

 

「おめでとう空ちゃん。私たちのところに産まれてきてくれて、ありがとう」 

 

ひとの寿命は決まっている

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産後の夜、妻からこんな話を聞きました。

 

ひとの寿命は生を受けた瞬間に神様から告げられている。

とても長いひともいれば、短い子もいる。

たとえばお腹の中で死んじゃうくらい短い子もいるけど、それでもその子は、このパパとママの子になりたいと思って産まれてくる。

だから、お腹の中で死んじゃっても悲しくない。

分かっていて産まれてきたんだから。

 

(有名な本の話だそうなのですが、本人もうろ覚えで、多少脚色しているとは思います)

 

この話を聞き、おたがいボロボロと泣きました。

 

しかし、この話を聞くことで、亡くなった赤ちゃんを「かわいそう」と思うことはなくなりますし、悲しいけれど「私たちをえらんでくれてありがとう」という、感謝の気持ちが自然とわいてきます。

 

とても良い話だと思いましたので、もし同じ苦しみを味わっているひとがこのブログを読んでいましたら、この話を思い出してみてください。

それで少しでも気持ちが救われてくれるのなら幸いです。 

 

娘の反応【対面】

1月10日。

9日の術後診断も異常がなく、この日の血液検査も問題がなかったため、妻と空ちゃんが退院しました。

 

空ちゃんは、青ちゃんのとき同様、保冷剤がしきつめられた発泡スチロールの容器に入った状態でした。

 

死産とはいえ、通常の出産とおなじくらい妻は身体にダメージをおっているので、しばらくは安静にしなければなりません。

 

そのため、一旦家に帰り身支度をすませてから妻の実家に行くことに。

 

 

 

「いらっしゃい、空ちゃん」

空ちゃん、はじめての帰宅です。

 

さて、ここで悩みが。

娘に空ちゃんを見せるかどうかです。

 

青ちゃんにくらべて人の形を形成しているとはいえ、通常の赤ちゃんとはやはりちがいます。

 

娘にとって刺激的すぎる心配もありますが、子どもながらに心ない発言をして妻を傷つける心配も。

 

そこで妻が娘に確認。

 

「空ちゃんに会いたい?」

「会いたい!」

「普通の赤ちゃんとちょっと見た目がちがうけど、びっくりしない?」

「大丈夫!」

 

そう言うので、恐る恐る容器のふたを開けてみせました。

 

すると娘は、

 

「かわいいー」

と言ってくれたのです。

 

そのあとも、

 

「そうだ!絵本読んであげる」

「これがダッフィーだよ」

「いないないばー」

「みてみて、鉄棒!」

 

と、めちゃくちゃお姉さんをしてくれているのです!

 

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もともとお腹の中にいるときは、そこまで赤ちゃんの相手をすることがなかったので、本当におどろきました。

 

そのけなげな姿に、私たちの涙腺は完全崩壊。

 

(空ちゃん、やさしいお姉ちゃんで良かったね!) 

 

バイバイ空ちゃん

1月11日。

あっという間に火葬の日を迎えました。

 

悲しいかな、1年前に経験したことだったので、段取りがスムーズでした。

 

出産翌日の9日、市役所に「死産届・死産証書」を提出。 

その場で担当者から火葬の予約をしてもらうのですが、その際、子どもの体重を知らせ、お骨が残るよう朝一に焼却してもらうようお願いしました。

(子どもの大きさによっては低温で焼かないと骨が残らないため、朝一じゃないと温度調整ができない場合があるからです)

 

今回も事前に骨壷を手配

青ちゃんと並んで置きたかったので、まったく同じ物です。

7日にamazonで購入し、10日に届きました。

 

 

 

そして今回も喪服に着がえる前に、家族写真を撮影。

娘の手にはしっかりと青ちゃんもいます。 

 

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ドレスアップもバッチリ。

 

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棺は45cmサイズで、風呂敷とあわせて4,500円でした。

空ちゃんの身長は35cmだったので、ちょうど良かったです。

 

さいごに私たち3人からの手紙と、天国にいってもさみしくないように、家族写真をそえました。

 

 

火葬場に着くと、係のひとに市役所で交付された「斎場使用許可申請書」「斎場使用許可証」「死胎埋葬・火葬許可証」を渡します。

 

前回の反省もふまえて、今回は祭壇にかざるお花もお供え物もしっかりと用意。

 

はやく到着したので、「さっそくはじめますか?」と聞かれましたが、妻の心の準備ができるまで待ってもらい、何度も何度も空ちゃんに声をかけ、なでてあげました。

(娘はあきていましたが…)

 

 

 

そして、いよいよお別れのときです。

 

火葬炉にゆっくりと棺がはこばれると、妻は弱々しくふるえた声で

 

「いやだ…。いやだ…」

と何度も言っていました。

 

(バイバイ、空ちゃん)

 

 

待合室で待つこと数十分。

納骨に呼ばれましたが、骨が大きいので用意してもらった骨壷に入りきらないと言われました。

 

たしかに、買うときにはそこまで頭が回らなかったのですが、私たちも「青ちゃんより10倍以上大きいのに入るのかな?」 と、話していたのです。

 

そこで、火葬場で用意できる物を急きょ購入し、分骨することに。(分骨証明書というものをあとで書くことになります)

 

 

骨は青ちゃんのとき同様お墓には埋葬せず、自宅に持ち帰りました。

 

特に宗教上の理由があるわけではありません。

だれが墓参りにくるわけでもないので、それなら、ずっと家族と一緒の方が良いと思ったからです。

 

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死因はなんだったのか

ところで、結局死因はなんだったのかというと、まだわかっていません。

病理検査といって、手術の際にとれた組織の一部を調べるとわかることがあるそうなのですが、その結果もすぐには出ないそうです。

 

1月25日に検診があり、そのときに知りたければ結果を教えてくれると言われたので、妻と一緒に行くことになりました。

 

正直、私は原因を知るのがこわいです。

 

青ちゃんの死因は、胎児水腫という赤ちゃん側の病気でしたが、死産が2人も続くと、妻側に原因があるのかもという不安が嫌でもよぎります。

そして、その不安を一番に感じているのが本人です。

 

病理検査の結果、妻になんらかの問題があると発覚したら、妻はますます自分をせめ、次の出産への前向きな気持ちを持てなくなるでしょう。

 

でも、原因がわかり、それを未然に防ぐことで出産の成功率があがるのであれば、ぜひとも知りたいという気持ちもわかります。

 

 

ただ、おそらく今回も妻側の原因ではないでしょう。

 

なぜなら、先生は何も言いませんでしたが、空ちゃんをとりあげてくれた看護師さんが、おそらく死因は臍帯過捻転(さいたいかねんてん)だろうと説明してくれたからです。

 

何らかの原因でへその緒がねじれてしまい胎児に栄養がいかなくなることらしく、空ちゃんのへその緒の先端がとても細くなっていたのが、その特徴なのだとか。

 

看護師さんがそういった診断をくだすことはできないので「先生には内緒ね」と言われましたが、私は「死因はそれでいいじゃないか」と思いました。

その方が「今回も防ぎようがない事故だったんだ」と思えるからです。

 

しかし、妻はちゃんと先生から聞きたいと言っていました。

 

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こんなことを調べてもどうしようもないとわかりつつも、調べてみました。

 

 

なぜ調べたかと言うと、胎児水腫と安定期死産をWで経験することが、非常に稀なことであればあるほど、次こそは大丈夫と思えるからです。

 

しかし、そんな数字は気休めにしかなりません。

 

妻は空ちゃんの遺体が焼却されているとき、待合室でこう話していました。

 

「もうこれは、娘ひとりを愛してあげなさいって意味なのかな?」

「今が3人で十分幸せなんだから、もうこのまま3人でいいんじゃないかな?」

 

ずっと娘に姉弟がほしいと言っていた妻がここまで弱気になるほど、2度の死産があたえるショックは大きかったのです。

 

そして

「3度も出産をしているはずなのに、どうして目の前には娘が1人しかいないの?」

と、大粒の涙をこぼして話しています。

 

なんて、残酷なのか。

 

出産とは本来、人生でとびきり幸せなイベントであるはずなのに、

3人目の誕生は、今年一番の楽しみだったはずなのに、

どうして私たちは、子どもを産むたびに悲しみの涙をこぼさなければならないのでしょうか!?

 

この試練に意味があるのであれば、教えてほしいです。

 

こんなつらい思いをするくらいなら、妻が言うように、子づくりをあきらめた方が良いのでしょうか?

 

それでも子どもがほしい!

それでも私たちはきっと、また子づくりを続けます。

その最大の理由は、はじめて空ちゃんに会ったときの、あのうれしそうな娘の姿が忘れられないからです!

 

娘のためにも、姉弟を産んであげたい!

 

 

娘だけでも確かに十分すぎるほど幸せです。

でも、幸せは多いほうが良い!

 

こんなにかわいい娘がもう一人いるなんて、想像するだけで幸せがあふれます。

そういう家庭を思い描いているかぎり、前に進むことができるはずです。

 

 

 

青ちゃんのときに引き続き、今回もまた娘の姿に元気づけられました。

そして、再び希望をもたせてもらいました。

本当に最愛の娘です。感謝しかありません。

 

 

また、世の中には私たち以上に大変な思いをされているひとが大勢います。

複数回の死産経験者も当然います。

 

妻は入院中、そのひとたちが発信するブログを見て、とても勇気づけられていました。

かわって感謝申し上げます。

 

 

私たちは、これからも家族力をあわせて試練を乗りこえてみせます!

そして、必ず多くの幸せを手にして、同じ苦しみを味わっているひとたちに希望を与えられる側になりたいです。

 

どうか、応援をよろしくお願いします!

 

 

 

 

ちなみに、はずかしながら私のブログはまだ一度たりともコメントをもらえたことがありません。

 

応援コメントなどいただけましたら、私もうれしいですし、妻も大変よろこぶと思いますので、ぜひお待ちしております。

シェア、拡散なども大歓迎です。

 

 

今日も世界中で幸せな出来事が起きますように。