幸せの見つけ方

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胎児水腫 41gの赤ちゃんと命のバトン

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どうも、ぷらてんです。

 

先日、仕事を終えて家に帰ると、ダイニングテーブルのうえにお花が飾られていました。

 

私たちの2人目の子どもが本来産まれてくる予定の日だったので、改めてみんなで「お誕生日おめでとう」と言い、ささやかながら誕生会と記念撮影をしました。

 

この日も、雲ひとつない青空が広がっていました。

 

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胎児水腫

妊娠を経験された方でも、あまり聞いたことがないかと思いますが、2人目の子どもは胎児水腫という病気で、41gという大きさで死産しました。

 

妊娠週数は13週と5日でした。

 

胎児水腫

胎児の腹部や胸部に水が溜まり、全身にむくみが生じる病気のこと。

出典元|weblio辞書

 

 

発生確率0.6%とも言われる珍しい病気で、無事に出産できることが少なく、出産できたとしても障害を持っていたり、病気にかかりやすかったりで、長くは生きられないと言われています。

 

むくみ発見。総合病院へ

その日、妻はいつも通り個人病院へ妊婦健診に行きました。

ところが、エコー検査で赤ちゃんにむくみがあると言われました。

 

この時期の赤ちゃんにはむくみが見られることはあるけど、週数のわりにはむくみが大きいということで、総合病院で診察するよう紹介状が出されました。

 

妻からの呼び出し

妻が総合病院で診察してもらう日。

そわそわしながら仕事をしている私のところへ、妻から電話がかかってきました。

 

「大丈夫だったよ」という元気な言葉を期待していましたが、内容は、「先生が話があるみたいだから、これから病院に来れる?」でした。

 

与えられない選択肢

当然、嫌な予感しかしていませんでしたが、先生から言われた言葉は、

 

「胎児水腫で、むくみがかなり大きい

「原因はちゃんと調べないと分からない」

妊娠の継続は無理だと思う」

「赤ちゃんをキレイに産むためには、できるだけ早く産んであげた方が良い

「妊娠を継続するか死産するか考えてきて欲しい」

 

でした。 

つまり、ほぼ死産しか選択肢はないということでした。

 

この事実に、私たち夫婦はとてもショックで、涙がとまりませんでした。

 

ここまで、スラスラと書いてきましたが、妻は1人目のときにつわりがひどく、固形物は吐いてしまうのでほとんど口にできず、寝たきりで、体重は5kgも落ち、それが2ヶ月ほど続きました。

 

今回の妊娠でもやはり同じくらいつわりがひどく、私だけが家に残り、妻と娘は妻の実家でお世話になっていました。

 

つわり中の妻は本当に見ているだけでかわいそうなのですが、何もしてあげることができないので、とにかく早く月日が経過してくれることを願うばかりでした。

結局この時は体重が8kgも落ちました。

 

今回の宣告は、そんな苦しいつわりにようやく終わりが見えてきて、喜んでいた矢先のことだったので、ますます妻が不憫で悲しくなりました。

 

 

家に帰って一応どうするか2人で話しましたが、結論は最初から出ていました。

 

死産の選択と入院

先生に「死産します」と私たちの選択を伝えました。

 

その後、先生にも感謝を伝えました。

はっきりと「妊娠の継続は難しい」と言っていただけたことで、私たちは悩まずに決断できました。

 

もしこれで先生が「無事に産まれる可能性もまだ残されています」という、期待を持たせるような言い方をされていたら、私たちの判断で「死産」を選択することは、相当悩んでいたと思います。

 

死産が決まると、すぐに手術の日程を決めました。

先生の説明にもあったように、私たちの願いは、「母体の安全」「赤ちゃんをキレイに産んであげること」です。

 

週数が増え赤ちゃんが大きくなると、それだけ出産リスクが高まります。

 

今回の手術では、子宮口を開き、子宮収縮剤を投与して陣痛を促して赤ちゃんを産みますが、「どうしても排出不可の場合は子宮内容除去術を行う可能性もある」ということを確認され、同意しました。

 

子宮内容除去術を行うと、母体への感染リスクが高まり、赤ちゃんの形も崩れてしまうので、こうならないことを切に願いました。

 

そして妻は入院。

2月19日のことです。

 

私は閉院ギリギリまで妻に寄り添い、妻とお腹の中の赤ちゃんに話しかけました。

次の日会いに行くと、妻の目は赤くはれていました。

 

 

早く産んだ方が良いという理由には、リスクの問題の他にももうひとつの理由があります。

それは、お母さんが赤ちゃんの胎動を感じてしまうと、情がわいて死産をためらってしまうからです。

 

この時は、まだ赤ちゃんも小さかったので、妻は胎動を感じていませんでした。

 

それでも、確かに赤ちゃんはお腹の中で生きているのです。

直前のエコーでも元気に動いていました。

 

それなのに、無事に産んであげられないなんて、本当に本当にかわいそうで申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

青ちゃん誕生

2月20日。

死産の手術が行われる日は、この時期の青森では珍しいほどのまぶしい太陽と温かい天気に恵まれました。

天使が赤ちゃんを迎えに来てくれている。そんな気持ちにさせられました。

 

手術室に一緒に入り、陣痛促進剤を投与し妻の陣痛がはじまると、肝心なところで私は外に出されてしまいました。

 

しかたがないので、売店でパンを買って手術室前の待合室に戻ると、看護師さんから「産まれましたので入っても良いですよ」と言われました。

 

「えっ!もう!?」と、びっくりしました。

私が部屋から出て10分程度で、妻は出産を終えていたのです。

 

手術室に入ると、意外に妻は泣いておらず、「スルっと出た」と言っていました。

考えてみれば、赤ちゃんは相当小さいですからね。

ひとまず、母体が無事で安心しました。

 

すると看護師さんが「今赤ちゃんをキレイにしていますので、もう少し待っていてください」と声をかけてくれました。

 

その間妻と話していると、「産んだ瞬間、隣の部屋からぞろぞろと他の先生が入ってきてびっくりした」と聞かされました。

 

理由は分かりませんが、他の先生方もめったに胎児水腫の子どもを見ることがないから、それで見に来たのではないかと思いました。

 

「うちの子は見せ物じゃないぞ!」と一瞬ムッとしましたが、産まれた瞬間にひとのために役に立てたと思えたら、気持ちが楽になりました。

 

また、待っている間に2人で赤ちゃんの名前を決めました。

 

青ちゃんです。

 

「天国から私たち家族を見守ってね」という意味と、今日のこの季節外れの青空にかけて、名付けました。

 

はじめまして青ちゃん

ほどなくして看護師さんが青ちゃんを連れてもどってきました。

いよいよ初対面です。

 

ちなみに、手術の説明の時に、看護師さんからは「産まれた赤ちゃんに会われますか?」と聞かれました。

 

はじめは言っている意味が分からなかったのですが、言葉は悪いですがちゃんとした人間としての形を成形できていないので、ショックを受けるひともいるみたいです。

 

私たちは迷わず「会います」と答えました。

 

 

そして、私たちの前に現れたのは、ガーゼに包まれた小さな小さな、そしてとても可愛いキレイな赤ちゃんでした。

 

その瞬間、色んな感情があふれだしました。

 

愛情、感動、感謝、くやしさ、つらさ、申し訳ないという気持ち。

 

ぐちゃぐちゃな感情の中、嬉し涙なのか、悲し涙なのかも分からない涙を流しながら、色んな言葉を青ちゃんにかけました。

 

「パパとママだよ」

「産まれてきてくれてありがとう」

「よく頑張ったね」

「可愛いね」

「小さいね」

「元気に産んであげられなくてごめんね」

「一緒に遊びたかったね」

「天国で待っててね」

 

皮膚がまだできあがっていないので薄い膜におおわれ、血液が透けて全身真っ赤です。

 

触ったらこの膜がやぶれちゃうんじゃないかと怖かったのですが、触っても良いということなので、頭をなでなでしました。

 

体重は41g。片手にちょこんと乗る大きさです。

 

驚くことに、41gの赤ちゃんでも、ちゃんと目、鼻、口、手足の指、おちんちんまで全部あります。

 

そう、産まれてはじめて男の子だったと知り、そこでもまた涙。

青ちゃんが今の娘くらの年になって、一緒に遊んでいる姿を想像してしまいました。

 

むくみも確かに背中から首にかけて見られました。

 

いただいたへその緒は、風が吹けば飛ぶほどの極小です。

こんな小さな管で母体から栄養が送られているのかと、驚きました。

 

 

最後に看護師さんにお願いして、記念写真も撮ってもらいました。

 

 

その後、青ちゃんは病院が用意してくれた発泡スチロールの棺桶に移され、消灯までは妻の病室で一緒にいることができ、消灯後は病院の安置室に引き取られました。

 

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棺桶には、小さな靴下とお星様が用意されていました。

良かったね、青ちゃん。

 

火葬の手配

2月20日。妻が退院しました。

死産でも立派な出産なので、出産一時金の42万円は給付されます

出産費用を含めた入院費総額は195,940円と、通常の出産に比べてずいぶん安かったです。

 

妊娠12週を超えると死産届を提出して火葬をする必要があります。

 

私は複数の葬儀店を回り、店の中で置いてある一番小さな棺桶を買いました。

それでも青ちゃんには大きすぎました。

金額は3,000円程度だったと思います。少し値引きしてくれて風呂敷までもらいました。

 

死産届を市役所に提出すると、その場で火葬の予約をしてくれ、火葬許可証をもらいました。

葬儀はするかと聞かれましたが、必須ではないそうなので、しませんでした。

 

知ってはいましたが、死産の場合、戸籍には載りません。

性別も不詳となっていました。

 

しかし、あまり私たち夫婦は気にしませんでした。

戸籍に載る載らないは書類上の話ですので、青ちゃんが私たちの心の中で生き続けていればそれで良いと思いました。

 

それよりも、お骨を残したいと思っていたので、不謹慎ですが出産前に骨壷を買っておきました。

そうじゃないと火葬に間に合わないと思ったからです。

 

 

祭壇は用意せず、リビングに骨壷を置いていつも家族と一緒にいてもらいたいと思ったので、デザイン重視で買いました。

 

 

ただし、色々調べると、これくらい小さい赤ちゃんの遺体は、通常の温度で火葬すると骨が残らないそうなので、予め火葬場に連絡して低温で焼くよう、お願いした方が良いと知りました。

 

そこで直接火葬場に行き相談すると、朝一の火葬なので温度を低くしてやるつもりだったと言われました。

ただし、あまりにも遺体が小さいので、お骨が残るかは約束できないそうです。

 

 

そして火葬前日、私たちは最後の家族の夜を過ごし、一緒に眠りにつきました。

 

バイバイ青ちゃん

2月23日、火葬当日。

青ちゃんを棺桶に入れると、天国に行っても寂しくないよう、私たちの写真を入れてあげました。

 

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最後に家族写真を撮ろうと言われ、私は喪服に着替えようとしたところ、妻に泣かれながら怒られました。

 

青ちゃんとの唯一の家族写真が喪服なんてかわいそう

 

何でそこまで気が回らなかったんだと反省し、私服に着替え、寂しいし悲しいけれど、笑顔で家族写真を撮影しました。

 

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妻は出会ってから今までで一番やせ細っています。

喪服もぶかぶかでした。

 

火葬場に着くと、火葬許可証を渡し、すぐに火葬の準備に取りかかります。

 

窯の前には祭壇があり、「ロウソクと仏花はありますか?」と聞かれました。

 

何も考えていなかった私たちは、棺桶に入れるための少量の仏花しか持ってきておらず、青ちゃんに申し訳ないことをしました。

前に相談に来た時に、必要なものを聞いておけば良かったです。

 

青ちゃんを火葬のための台に移すと、火葬炉に運ばれるまで何度も何度も声をかけました。

そして最後に「青ちゃん、バイバイ」と声をかけると、青ちゃんは火葬炉の中に入っていき、私たちは職員の方と一緒に祭壇に手を合わせました。

 

ちなみに青ちゃんの棺桶は木製だったので、そのまま焼却できると思ったのですが、棺桶を焼却する温度にまで高めると、青ちゃんのお骨が残らない可能性があるということで、棺桶から移すことになりました。

 

 

控室で待機すること数十分。

職員の方に呼ばれ、再び火葬炉へ行きました。

 

熱を帯びた台の上には、もう青ちゃんの姿はありませんでした。

 

「あぁ、本当にもう会えないんだな。青ちゃんは天国に行ってしまったんだな。」と思うと、また涙があふれてきました。

 

すると職員の方が、「これがお骨です」と言いました。

パッと見では気づかないくらい、小さく細い骨が、よく見るといくつもありました。

 

私たちは嬉しくて、1本残らず骨壷に入れはじめました。

 

いつまでも私たちが細かい骨を取り続けているので、見かねた職員が「あとはこちらで」と、細かい骨や灰をホウキとチリトリで取ってくれました。

 

私は娘を抱っこしながら、その様子を妻と寄り添って見ていました。

心の中では、「ちゃんと全部拾ってください。あ、まだそこに小さいのがありますよ」って思っていました。

 

変わり果てた青ちゃんの姿に、私も妻もずっと泣きながらその様子を見ていました。

 

すると、私に抱っこされていた娘がとつぜん、私と妻の顔を自分のほっぺに引き寄せてこう言ったのです。

 

パパもママもだーいすき

 

これには私たちの涙腺も完全に崩壊し、「パパもママも大好きだよ」と娘を強く抱きしめました。

拾骨していた職員の方も、もらい泣きしていました。

 

嘘のような話に聞こえるかもしれませんが、すべて本当の話です。

 

娘がこのように言うことは初めてではありません。

布団で妻との間にはさんで寝かしつけているときにも、たまに言います。

 

しかし、このタイミングで言うとは思いませんでした。

それはまるで、「私がいるから泣かないで」と私たちを励ましているように聞こえました。

 

たった2歳の娘が、ここまで感情を読み取れるものなのかと、本当に驚きましたし、より一層愛しくなりました。

 

 

その日の夜、妻と話をしました。

 

妻は青ちゃんの経験は、人生で一番つらい経験だったと話しました。

そして、娘がいなかったら耐えられなかったとも話しました。

 

私もまったく同じ気持ちです。

 

もしこの経験が私たちにとって1人目の子どもの時だったら、あまりのショックで次の子づくりが怖くなっていたと思います。

今回の件では、娘に本当に救われました。

 

 

私の人生で、このような経験をするとは夢にも思っていませんでした。

しかし、物事には必ず意味があります。

 

青ちゃんの死は、命の大切さと、出産の難しさと、子どもの愛おしさを私たち夫婦に教えてくれました

 

 

青ちゃん、産まれてきてくれてありがとう。

愛してるよ。

 

命のバトン

私たち夫婦はドラマ「コウノドリ」が好きで、今までの2シーズンすべて見ました。

命の尊さを伝えてくれる、素晴らしいドラマです。

 

 

出産を経験したことがあるひとは、特に興味を持って見ることができると思いますが、私は中高生にこそ、見てもらいたいドラマだと思っています。

 

親に反抗する子どもが見たら、きっと親を大切にしようと思うはずですし、軽はずみに性行為におよぶ高校生が見たら、しっかりと避妊を考えるようになるはずです。

 

また、過去最多となっている児童虐待の件数も、このドラマを見て大人になれば、減っていくのではないでしょうか。

 

 

ちょっと脱線しましたが、このドラマで度々出てくるセリフに「命のバトン」というセリフがあります。

 

本当にその通りだなと思うのですが、出産は「命のバトン」をつなぐ行為です。

 

これは単に、遺伝子を脈々とつないでいくという意味もあれば、それだけではないと私は思っています。

 

それは、リレーで次の走者に勝利をたくすのと同じで、自分の人生をたくす行為だということです。

 

私は娘が産まれるまでは、自分のために生きていました。

自分のためにお金を稼いでいました。

 

しかし、仮に今、妻と娘を失ったら、私は何のために生き、何のために稼ぐのかが分からなくなります。

 

言うなれば、今の私は娘に生かされていると言っても過言ではありません。

 

私は、娘に希望をたくしています。

私がつないだバトンで、どこまで人生を輝かせることができるのか、楽しみに見ていきたいと思っています。

 

 

そして、出産とともに亡くなった青ちゃんも、しっかりと「命のバトン」をつないでくれました

 

冒頭で、青ちゃんが産まれてくる予定日にお祝いをしたと言いましたが、この日、妻から第3子の妊娠を告げられました

 

前日に検査薬で反応し、この日病院でしっかりと確認してもらったそうです。

 

あまりの偶然に驚きましたが、きっと青ちゃんが次の子どもに「命のバトン」を渡してくれたに違いありません。「ぼくの人生を君にたくすね」と。

 

 

 

石垣旅行中に絶対に来るだろうなと思っていた妻の生理が来ないので、もしかしたら?とは思っていました。

 

実は、妻にサプライズでプレゼントしたミンサー織りのお守りには、安産祈願の意味も込めていたのです。

 

www.plus10net.com

 

まだ妊娠が発覚したばかりで、予定日すら病院から聞かされていませんが、既に妻のつわりは始まり、何も食べられず10日ほどで3kgもやせました。

 

本当に出産は奇跡です。

今回の妊娠だって、無事に産まれるかは分かりません。

匿名のブログだから報告できるのです。

 

青ちゃんの件があって依頼、妻との会話の中で娘のことを「奇跡の子」と呼ぶようになりました。

しかし、私の娘に限らず、世界中の子どもはすべて「奇跡の子」です。

簡単に産まれた子どもなんて一人もいません。

 

親は、今目の前にいる「奇跡の子」を愛してあげてください。

子どもは、自分が「奇跡の子」であることを自覚し、周りに感謝し、自分の人生を大切にしてください。

 

 

青ちゃんの死が、一つでも多くの意味を持つように、この悲しくも幸せなできごとが、一人でも多くの人の耳に届いてくれると幸いです。

 

 

ちなみに現在3歳の娘は、検査薬で発覚する前から、妻のお腹に赤ちゃんがいると言っていました。

子どもにしか見えない何かが見えていたりするのでしょうか。不思議なものです。

でも、ぽっこりした自分のお腹の中にも赤ちゃんがいると言うので、多分何も見えてはいないのでしょう。

 

今日も世界中で幸せな出来事が起きますように。