幸せの見つけ方

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誹謗中傷するひとの頭の中

どうも、ぷらてんです。

  

先日、「プラスの言葉を発しよう」という内容で記事を書きました。

 

www.plus10net.com

 

「誹謗中傷」は、これとは真逆の行動であり、人生においてまったくプラスにならない行為です。

誹謗中傷をくり返していて、そのひとが幸せになれるとはとても思えません。

 

 

スルメロックさんのこの漫画は秀逸で、的を得ていて、おもしろいです。

私なんかは「うん、そのとおり!」と素直に共感しますし、誹謗中傷が生きがいのひとが見たら、グーの音も出ないはず。

 

と思いきや、コメントの中には、「誹謗中傷でストレス発散しているひとにとっては、貴重な時間を使っていることになる」という反撃もありました。

 

そうか、これが誹謗中傷するひとの頭の中なのか!

と、あまりの考え方の違いにおどろきとショックを受けました。

 

誹謗中傷でストレス発散しているひとは、言ってスッキリしているかもしれませんが、ひとを傷つけなければストレスが発散できないのでしょうか。

そして、そのような方法で一時的にストレスが発散できたとして、その後の人生に誹謗中傷した経験がどこまでプラスに作用するのでしょうか。

 

プラスの発言をまとめた「名言集」はビジネスになりますが、「誹謗中傷集」では誰も買わないのでビジネスにもならないでしょう。

 

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例えるなら、誹謗中傷によるストレス発散方法というのは、「殴る」ことでストレス発散できるひとが、ケンカでひとを殴って発散しているようなものです。

 

しかし、同じ「殴る」なら、サンドバッグを殴れば良いのです。

 

スポーツとしてボクシングをはじめて、正々堂々と対戦相手を殴ってストレスを発散させた方が、よっぽど人生にプラスに作用します。

一方で、ケンカでひとを殴ってストレスを発散した経験は、人生にとって汚点にしかなりません。

 

誹謗中傷をする前に、まずはひとを傷つけないストレス発散方法を考えてみてほしいと思います。

 

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また誹謗中傷は、選挙運動でもよく飛び交います。

いわゆるネガティブキャンペーンです。

アメリカの大統領選挙なんて特にひどいですが、選挙運動が始まると、対立候補を批判する演説をたびたび耳にします。

 

自分の政策をアピールするよりも、ライバルを批判した方が票が取れるという話を聞いたことがあります。選挙は、国の未来の前に立候補者自身の就職、生活がかかっている真剣勝負ですので、誹謗中傷が悪いことだと分かりながらも、戦略的に行っているのかもしれません。

 

それでもやはり、選挙に出馬するほどの優秀なひとたちが、子どものケンカのように罵り合っている映像を見ると、ガッカリしてしまいます。

 

 

また、それに関連してTVのニュースも、良いニュースより悪いニュースの方が数字(視聴率)が取れるそうです。

 

私の兄はニュース番組制作会社のADをやっていたのですが、事件が起きると、まず死者がいるかを確認するのだそうです。なぜなら、死者がいた方が数字が取れるからです。

死者がいたら今度は遺族を取材して、さらにその遺族が泣いていた方が良いそうです。ケロっとして、淡々と取材に答えられても絵にならないからです。

 

元新聞記者の友人も、「フラッシュは凶器だ」と言っていました。

悲惨な事件に巻きこまれ、悲しみにくれるひとを報道陣が囲み、他社よりも良い絵(より遺族が悲しんでいる顔)を写真に収めようと、バシャバシャとシャッターを切るそうです。

 

そういったものがウケる世の中は、とても悲しい世の中です。

私たちがみなプラス思考になり、ひとの幸せを願うようになれば、ネガティブキャンペーンや過剰なネガティブ報道は沈静化され、もっと平和で幸せな社会になれると思います。

 

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 ところで、この「誹謗中傷」。決して他人ごとではありません。

ブログをはじめるにあたり色々調べていると、「誹謗中傷」や「炎上」は避けられないという記事をよく見かけました。

 

文章で相手に伝えることは、直接話すことにくらべて誤解を与えやすいです。

なぜなら、文章という無機質な文字情報だけでは喜怒哀楽が読みとれないので、相手の感情と、こっちが感じとる感情が異なることがあるからです。

 

メールでは怒っているように感じたけど、電話で話したらまったく怒っていなかった。

なんてことは、よく起こります。

 

私はあまりテレビを見ないので、スマホのネットニュースを毎日見るのですが、そこでは記事のタイトルが一覧になっていて、どのニュースも平等に扱われます。

 

しかし、そのあとテレビをつけると、どの局でも長時間にわたって放送している大事件が発生していることがあり、ネットニュースではその事件度合いが伝わってこないなと、文章の弱さを感じます。

先日西日本を襲った大雨も、ネットニュースを見た時点では「大変だなぁ」程度に感じていましたが、その後、映像を見て絶句しました。

 

何が言いたいかというと、私の稚拙な文章にもそのような弱さがあり、それでも意図せず傷つけたり、反感を買う表現をすることがあるかもしれません。

 

しかし、本ブログは、ひとの幸せを願うことが目的ですので、そういった他意はいっさいありません。

稚拙な文章もふくめ、温かく見守っていただけたらと思います。 

 

世の中には、わざと炎上をさそって広告収入を得ようとする、「炎上マーケティング」というものがあるそうです。

しかし、故意的に他人のマイナスの感情を引き出すような行為は、私にはまったく理解できません。

これもまた、選挙のネガティブキャンペーンと同じく、正々堂々ではないですよね。

 

 

ちなみに現在3歳の娘は、かまって欲しくてわざと怒られるようなイタズラをします。

もしかしてこれも「炎上マーケティング」なのでしょうか?

 

今日も世界中で幸せな出来事が起きますように。